モーツァルト●弦楽四重奏曲第15番ニ短調K421
モーツァルトの短調の曲には、天才の苦悩が曲に結びついたものがいくつかあるが、この曲もその中の一つである。
確かに、第1楽章の冒頭や終楽章の消え入るような終わり方は悲痛である。しかし、随所に見られる明るい旋律は、
闇の中の燈火(ともしび)のようにほの暖かく、明るく、深い感動をもたらすものである。私はこの曲に出会った
ことで、モーツァルトに対する考え方が変わった。天才モーツァルトも、人間誰しもが背負う苦悩とそれからの
開放を経験しており、それをモチーフにこの曲が作られたと考える。もちろん、ベートーヴェンの「運命」や
「合唱」のように苦悩からの完全な開放はないが、所々で垣間見せてくれる救済の旋律の方がむしろ現実的で、
人生降る日もあれば、照る日もあることを実感させてくれる。愛聴盤は、ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団。
美しい弦の音とウィーン情緒豊かな、洒脱な演奏は、モーツァルトの音楽の魅力を余すところなく伝えてくれる。
悲痛な天才の叫びを、悲しみの連続とするのではなく、ほのぼのとした燈火を時に胸にともしてくれる演奏は、
これしかないと思う。