槍ヶ岳への道        

   山登りの初心者である私ことふくいえむは、これから槍ヶ岳に登ってみたいと考えておられる方に何かの参考 になるかと思い、この小文を掲載しました。
 
私が初めて上高地を訪れたのは今から10年程前でしょうか。その後、2、3年毎に観光目的で(靴も普通の革靴でした)来ていましたが,昨年の9月に初めて、涸沢の近くまで行くと決め、登山靴を履いて勇んで出掛けたのでした。道によく迷う私は、この時も横尾で横尾大橋を渡らずに、槍ヶ岳方面へと間違って行ってしまったのでした。私が目的地と違った方向に行っていると気が付いたのは、槍沢ロッジで休憩を取られている方に道を尋ねた時でした。槍沢ロッジで少し早い昼食を取りましたが、昼食後、槍沢ロッジ前の広場に単眼鏡(フィールドスコープ)が置かれているのに気付きました。覗いてみるとそこには今まで写真でしか見たことがなかった、槍ヶ岳の勇壮な姿が見ることができました。私は、もう少し近くで見たいと思い、遮るもののないところまで少し歩いたのでした。そしてそこで何枚か写真を取りました。そのときに写した写真はこのHPで使用したりして、折に触れ見て来ました。何度も自分で写した写真を見ているうちに、一度登ってみたいと考えるようになりました。
 
  上高地から槍沢ロッジまでの往復だけなら、朝一番のバスで上高地入りすれば、午後4時頃上高地発のバスで帰途につくことができますが、槍ヶ岳の山頂を目指すためには、どこかで1泊以上せねばなりません。仮に槍沢ロッジで1泊するとしますと槍岳山荘でもう1泊そして余裕を持って帰阪するためには、午後4時頃のバスに間に合うように下山せねばなりません。いろいろ考えた結果、体力を付けて上高地から一気に槍岳山荘まで行き、余裕があれば穂高の方にも行ってみようという大胆不敵な計画となったのでした。
 
筋力トレーニングを始めたのは、昨年の10月からでした。内気(?)な私は、トレーニングウェアを着てランニングといったことは長続きしないと思っていたので、とりあえず腹筋を少しでもたくさんしようと思い、朝起きてすぐの腹筋を始めました。最初の2週間は50回もきつかったのですが、1ヶ月もすると100回、200回もできるようになりました。毎朝200回の腹筋をしましたが、トレーニングの成果は今ひとつ上がりませんでした。何かいい方法はないかと思っていたところ、今年になってすぐに、空手の指導をされている方からご指導をいただくことができ、腿上げが脚力をつけるのに非常に効果的であることがわかりました。胸のあたりにある自分の手を膝で蹴るのですが、最初は100回を3セットするのも大変でした。300回を10セット、500回を6セット、1000回を3セットと1回の回数を増やし今では連続1時間しています。また腹筋の方も30分間連続で首を起こすというかたちに変えました。おかげでLサイズでもお腹のところがきつかった体型もSサイズが着られる体型になり、ジーンズのサイズも33インチから29インチになりました(ただし、無理をすると筋肉を痛めたり、肛門脱の恐れあり)。今では、SサイズのTシャツの裾が風に吹かれてはためく心地よさを実感できるようになりました。少し本題から外れました、元に戻りましょう。
 
筋力トレーニングのおかげで少しは体力がついたと思ったのですが、実際12キロ以上の荷物をかついで1日10時間以上歩くことが可能かを確かめる必要がありました。2、3年前から、何度か比良山(武奈ガ岳)や伊吹山に登っていた私は、トレーニングの仕上げとして、どちらかの山に10キロの荷物をかついで登ってみようと思いました。道に迷いやすい私は、比良山をイン谷口から登るときっと迷うだろうと思ったので、伊吹山を選びました。6月中旬に1回、本番の1週間位前にもう1回登ることに決めました。1回目、上りは問題なく行ったのですが、下りる時になって雨が降り始めました。仕方なく、その時はバスで下山しました。2回目、本番の9日前7月13日に登った時も下る頃に雨になりました。このときは怪我をしないようにと回避するのではなく、雨の場合にどのように対応するかを身体で覚えておこうという考え方から、雨中の下山を決めました。実際このときに体験したことは本番で役に立ちました。
 
そして本番。大阪府下に住む私は、京都から夜行急行ちくまで松本に行き、新島々経由で上高地入りしました。朝食を取って、槍ヶ岳に向かったのが、午前6時30分過ぎ。槍沢ロッジで少し早い昼食(午前10時40分)を取り、槍沢に着く頃までは順調でした。ガスがかかっていて、槍ヶ岳をそれまで見ることができませんでした。しばらくするとガスが少しずつなくなり、槍ヶ岳の姿が見えるようになりました。見えるようになったのは良かったのですが、歩けど歩けど槍ヶ岳から離れて行きました。やっとのことで出会った人(5、6人のグループ)に尋ねるとルートを間違えたとのこと。氷河公園を経由して天狗原に出るルートで天狗原から槍岳山荘までは3時間以上かかるから、日没までにぎりぎり間に合うかどうかとのこと。次に会った人(1人)にお聞きすると、常に右手に行くと考えて登らないと氷河公園の方へ行ってしまう。ここから先は、岩場、クサリ場の連続ですが、クサリにあまり頼らずに両手両足の4点をきっちりと決めて登って行けば大丈夫。慌てずに登った方がいい。天狗原まで行ったら、槍岳山荘に行くのは時間的に無理だから、そこから20分程で行ける南岳小屋で泊まるといいと教えて下さった。実際そこから天狗原に出るまでは、恐怖の連続。両側が何百メートルの絶壁しかも幅が1〜2メートルしかないような岩場をよじ登ったりした。天狗原に何とか到着し(午後3時30分)持参したおにぎりを食べながら、これからどうしようかと迷っていると槍ヶ岳方面から来られた女性が、これから槍ヶ岳に行くのは無理だから、私たち(4人のグループ)と一緒に南岳小屋に泊まりましょうと言われた。南岳小屋では、この天狗原で声をかけていただいた川越さんや南岳小屋で同室になった波多野さんや石井さんにいろいろ教えていただいた。小屋に入ったのが午後5時前で、夕食を食べたのが6時だったが、前日夜行列車の中であまり眠れなかったのと長時間歩いた疲れから、6時30分には眠ってしまった。翌日、朝起きると、雨が降っていた。
 
前日の天気予報で天候が良くないと言っていたので覚悟はしていたが、どのルートをとりどこまで下山するかが問題だった。3人の方にいろいろお話しを聞き、結局、今回の目的である槍ヶ岳の登頂をした後、上高地の近くまで下山することにした。川越さんと波多野さんのパーティを見送った後(共に、槍平から新穂高温泉へと向かうルートを取られた)、午前7時に南岳小屋をひとりで出発した。風はあまりなかったが、雨は少し強く降っていた。防水性の上下を着ていたので、顔と手以外はほとんど濡れなかった。また気温もあまり高くなく、むしろ手がかじかむくらいだった。視界は50〜100メートル位で、高い所を歩いているという感じはなかったが、少し酸欠気味で背中の荷物が重く感じられた。そんなとき、私の少し前を土鳩のような鳥が歩いているのが見えた。よく見ると、土鳩より少し大きくて、首が長く、頭の天辺が赤かった。雷鳥だった。カメラをリュックから出している間にどこかに行ってしまったが、ほとんど人と会うことがなかった道程の一時の憩いだった。実際、南岳小屋から槍岳山荘に向かう間、中岳山頂で二人組の方とお会いした以外は、単身で登山をされている方3人とお会いしただけだった。予定通り、午前10時前に槍岳山荘に着いたので、時間を有効に使うため、リュックを置かずにそのまま槍ヶ岳の山頂を目指すことにした。約12キロの荷物を背負い、少し強い雨が降る中、両手両足を決めながら登るのはやはりきつかった。それでもやがて2つの5メートル程の梯子を登ると頂上に着いた。着いた感動に浸る間もなく、すぐに東京の大学のワンダーフォーゲル部の部員8人が登って来た。記念写真を取り合って、彼らに先に行くことを促し、私はゆっくりと下りた。槍岳山荘で食事を取った後、上高地へと向かった。この下山の際も、そそっかしい私は、コースを外れてしまい、気付いた時には周りをハイ松に囲まれ道も途絶えてしまっていた。そこから約10分かかって正規のルートに戻ったが、この時に40分程時間をロスしてしまったようだ。槍沢ロッジに着いたのが、午後3時頃だった。徳沢に着く少し前、午後5時には少し暗くなって来たので、上高地まで行くのはあきらめ、徳沢園(氷壁の宿)に泊まることにした。翌日、午前8時30分上高地発のバスに乗り帰ることになった。
 
最初の予定では穂高を縦走し、夕方のバスで帰途につく予定だったが、初日からコースを間違え、雨に降られたことで、計画を大きく変更せざるを得なくなった。しかし、槍ヶ岳に登った達成感と穂高縦走の目標が出来たのはかえって良かったのではと今では思っている。
 
以上、私の初めての槍ヶ岳登頂を書いてみましたが、ご参考になりましたでしょうか。山は、決して中途半端な準備をして、登れるものではありません。また、マナーやルールを遵守することはもちろん、困っている人を助けることができるくらい心の余裕を持ちたいものです。私が無事に帰れたのは、幸運だったと思います。

皆様は、くれぐれもしっかりとした計画を立ててから、挑戦して下さい。

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