登山者 

山川は、先程から等間隔で自分の先を行く登山者が気になって仕方がなかった。歩調も歩幅もほとんど同じで休憩を取るのも同じ時で、二人の間には常に20メートルの隔たりがあった。

 山川が比良山に登るのは半年振りで、昨年の10月以来だった。いつものように比良駅から徒歩でイン谷口に行き、山に入った。比良山は昨年の春に、登山口まで行くバスと山の中腹まで行くリフトとそこから最高峰武奈ガ岳まで約1時間のところまで着けるロープウェイが廃止になり、手軽なハイキングコースではなくなったため、登山者もめっきりと少なくなった。イン谷口まで自家用車で来て、比良登山を楽しむのが一般的だが、山川はいつも全ての道程を徒歩で楽しみ、駅に戻って来た。今日もイン谷口から入山し、青ガレ、金糞峠、八雲ガ原を経由して武奈ガ岳に至るコースを選んだが、山川が青ガレに差し掛かり、初夏のような紺碧の空がガレ場に反映して青く光彩を放つのを見ていた時にこの男を見つけたのだった。

 年の頃は山川と同様に30代後半に見えたが、その格好が異様だった。リュックに登山靴を履いて登山者の体裁を保っているものの、帽子を被らずグレーのぴったりとした長袖Tシャツにジーパンで、ジーパンは股上の短いぴったりしたものをはいていた。リュックの他に男は赤い小さなショルダーバッグを肩から袈裟懸けし、そのバッグから出たヘッドフォン(イヤーパッド)を耳に入れ、音楽を聴いているようだった。それに対し、山川は帽子を被り、チェックの柄の長袖シャツ、ゆったりとした綿のズボンをはいていた。山川は夏の穂高連峰登山への練習を兼ねての登山だったので、リュックは約15キロの荷を背負い、登山靴は最近になって靴底を張り替えた履き慣れた靴を履いていた。

 最初、山川は足の融通が効かないためすぐに男がへばると考えていたが、男は少し足が上げにくそうな仕草をすることがあったが傾斜の急な岩場を難なくこなし、少し平坦なところに来ると突然走り出し山川を引き離しにかかるのだった。山川も負けじと追いすがるが、20メートルの間隔は開いたままだった。青ガレの急勾配を登り切り、金糞峠では二人とも少し休憩を取ったが、男は山川が再び歩き始める少し前に出発した。八雲ガ原に向かう道は下りと平坦な道だったので、山川は男に大きく離されしばらくして視界から男の姿が消えた。

 金糞峠から八雲ガ原に向かう道程の3分の2程行ったところで、山川は再び男に追いついた。道に迷ったようだった。男は山川に話し掛けて来た。
「すみません。マーカーを頼りに来たんですが、この川を渡って先に行ってもマーカーがないんです。他に道も無い様ですし...。八雲ガ原に行く道をご存知でしたら教えて下さい」
  ※註 2006年5月28日に訪れると、迂回路が出来ていました。

山川も、一昨年この男同様にここで道に迷った。左手に川伝いに行けばいいのだが、大雨の後や今のような雪解けの頃になると川が増水し道が水の中に没してしまうのだった。
「川の水の増水で道が見えなくなっているんです。道はありませんが、少しここを登られ、川伝いに行くと道に出ますから」
そう言いながら、山川は先に立って案内した。川伝いの道をしばらく行き、川から離れて10分程歩くと八雲ガ原に着いた。山川が一緒に昼食を取りませんかと申し出たが、男は断った。まだ午前10時30分だった。午前5時過ぎに朝食を取った山川には、武奈ガ岳の頂上を目指すためには食事を取ることが必要だった。その男が正午頃に武奈ガ岳山頂で昼食を取りたいという気持ちもわからないわけではなかったので、「じゃあ、気を付けて」と言っただけで、男を見送った。

「そういやあ、私も昔はあんなんだったな」山川はそういって昔の自分を思い出していた。自分のスタイルを持つこと、それは必要なことだが、人間的な生活していく上で最低限の制約というものがある。先程の男性を例に取るとぴったりとしたジーンズは見た目が格好良い。しかし、足の曲げ伸ばしが不自由で足に負担がかかるだろう。雨が降ったら、さらに脚を締め付け歩行が困難になることだろう。格好良さを追求した結果、大切なことを見落とす。制約のない自由。それは自由が保証されるが、結局何も生み出さないし、かえってじぶんを締め付けることになる。「あいつも、もうそろそろ気が付いてもいい頃なんだ」

 山川が昼食を終え、リュックにものを詰めていると山川より少し年長らしき男が話しかけてきた。
「どちらに向かわれるのですか、武奈ガ岳に行かれるのでしたら、ご同行したいのですが」
「別に構わないですよ」と山川が言うと、
「実は朝の7時前に比良駅を出発したのにここまで来るのに道に迷ってしまって。予定より30分遅くなってしまいました。このまま一人で武奈ガ岳の山頂まで行けるか不安で。なるべくご迷惑にならないようにしますので」
 男は山川の後にぴったりとついて来たが、話しかけることはなかった。休憩の時も少し離れたところに座り軽食を取ったりするのに忙しそうにしていた。「どちらから来られたんですか」「お仕事は何をされているんですか」と山川が尋ねると、決まってこの男は「この近くです」「事務員です」と言って明確な回答を回避した。武奈ガ岳の山頂で一息つくと山川は無難な質問をしてみた。
「先程あなたにお会いするまで、同年輩の男性と一緒だったんですが、その男性はずっと音楽を聴いていました。最近はコンパクトな再生装置があるので便利ですね。あなたも何か音楽を聴かれますか」
「私はクラシック音楽ですね。社会人になってから月に一度はコンサートに行っていましたが...。30年間続けて来ましたが、最近になってどうしてもそれが無理になってしまいました。何かとお金が入用で。時間的な余裕もなくなりました。でも、もう少ししたら親子三代でコンサートに行けるのではと考えているんですよ。今日比良山に来たのは、最近体調を崩したので、もう一度自然に触れて体力を回復させようと考えたのです。私が娘と一緒にここに来ていた時は、バスもリフトもロープウェイもあったのでこんなにしんどい思いをしたことはありませんでした。八雲ガ原ではよくキャンプをしたものでした」
山川は、男が饒舌になったのに驚いた。多分、頂上に到達できた達成感が、気分を高揚させたのだろう。
「あなたは多分ワサビ峠、中峠を経て金糞峠に出て青ガレを下るのでしょう。私には、青ガレを下るのは難しい。道程は少し長くなりますが、北比良峠、カモシカ台を経由して帰ります。案内していただいて助かりました」

「もう10年したら、私もああなるのかな」山川はワサビ峠に向かう道で考えた。親子三代で一つの音楽を傾聴する。それぞれの世代でもちろん感じ方も解釈も違うだろう。感動の仕方も違うだろう。娘は単に旋律の美しさに引かれ楽曲に興味を持つかもしれない。母親は曲の美しさだけでなく、付随的なこと例えば作曲家の人生について興味を持つかもしれない。母親の父親は曲や作曲家のことだけでなく、その曲のテーマに関心を持つかもしれない。例えばそれがシベリウスの音楽なら自然に興味が行くだろう。交響曲の第1番、第2番、第7番やヴァイオリン協奏曲やカレリア組曲を聴くとフィンランドの厳しい自然が眼前に拓けて来るだろう。山川は思った。一つの屋根の下に一緒にいて将来のことや自然に関することや芸術に関することを話し合う。血は水よりも濃いから、自由な会話ができる。一人の思考では到達できない高みへも達することができるような気もする。

 山川がワサビ峠を過ぎて木立の間の道を行くようになってしばらくして、一人の老人と出会った。外見は60才を過ぎているように見えたが、足取りはしっかりしていた。小柄であったが、大股で早足で歩くため、山川がこの老人に追いついたのは中峠の手前だった。山川は、老人がしばしば立ち止まって赤いビニールテープを巻いたりしていたので、
「ここを管理されている方ですか」
と尋ねると、その老人は、
「いや、私は好きでこの山に登っているだけです。マーカーが見えにくくなっていたら新しいものに取り替えたり、道が歩きにくくなっていたら障害物を動かしたり、困っている人がいたら助けたりしている。私のように定期的に歩くものがいなくなると、じきに雑草で道がわからなくなったり、サルが人を襲うようになるだろう。比良山は本当にすばらしい山だ。40年余り観光資源になったから、お役御免ではもったいないことだと思う」
そう言って、笑った。
「私もこの山が好きで年に数回来るんです。あなたのように比良を愛し、自然を保護しようとされている方がいると安心します」
山川の話しを聞くと、今度は老人の顔が強張った。
「私も百歳、二百歳と生きられるわけではないのだから。私は、地道に現状維持しようとしているだけ。もしあなたができるのならあなた独自の方法で、比良の自然保護や環境保全を考えてみてはどうですか」
そう言うと、老人は壮年期の力を取り戻したかのように早足で歩き出し、山川の視界から消えた。

「若い頃は自分のことにしか関心がないが、年を重ねると自分を取り巻く人間関係や自然に目が行くようになるのかな」山川は自分の生活を考えてみると最初に出会った同年輩の男性と2番目に出会った山川より少し年長の男性の中間にいるような気がした。山川にも3才と1才の息子がいた。山川も若い頃は自分の人生は自分のもの。自分の仕事が充実していればそれでいいと考えていた。だが30才を越え、青年期のような体力がなくなり始めた時に自分で出来ることには限界があることに気付き、共同で物事に対処することの大切さを知ることとなった。しかし若い頃は野望を内に秘め、既成の物事と対決するくらいの気概が必要で、世間もそれを求める。若い頃からすべての人が物分りが良くなり、出来上がっている物事をそのまま受け入れるだけになってくると、発展という言葉は死語となり、退化の一途を辿るだろう。「もしかしたら、あいつも苦労しているのかもしれないな」

 山川が、青ガレを下っていると先程の同年輩の男性が蹲っていた。
「どうされました」
男は突然声を掛けられたので、驚いたようだった。
「浮石に足を取られてしまいました。救出ヘリを呼ぼうと思うのですが...」
「でもこの傾斜では近くに付けることは難しいと思います」
山川は時計を見た。午後2時だった。
「私が手をお貸ししますので、一緒に下りましょう。まだ日没まで、時間はたっぷりあります」

 イン谷口に二人が着いたのは、午後5時30分近くになっていた。
「ここからはタクシーを呼んで帰宅します。家は大津市内にありますので」
「そうですか。少しお役に立てましたか。実は私が初めて比良山に登った時に、武奈ガ岳近くで足を挫かれた方がおられて、その方のすぐ横を私が通過した時に、足を挫いて動けないと大きな声で叫ばれました。私はその頃登山の初心者で、その日はロープウェイ山上駅から普通の革靴で登山しているところでした。その時、その方を助けることができなかったのが、心残りでした。今日、その責務が違ったかたちで果せたような気がします」
男は物静かで、多くを語らなかった。山川はその男性に肩を貸して下山して来たが、会話はほとんどなかった。ところが今の山川の話しを聞いて、男は今まで一度も見せたことがなかった笑顔を見せて言った。
「ありがとうございました。山登りは、やはり万全の準備をして臨まないと駄目ですね。青ガレであなたが一緒に下山して下さると言われた時は、心強かったのですが、少し不安もありました。品行方正を絵に描いたようなあなたが、登山者としては異常な格好をした私に説教されるのではないかと思ったのです」
タクシーが到着し男が乗り込むと、山川は言った。
「今日一日ここでいろんな体験をしました。人と話しをしたり、自分で思考する中でいくつかのものの見方(ヴィジョン)をつかんだ気もします。山登りは疲労が蓄積されていきますが、その襞の間に思考なり光景が挟まれ、深い思考が可能になるように思います。あなたと一緒に下山したことは、今日の山登りの中で生じた一つの出来事で、別にお礼していただく必要はありません。ただ、あなたはもう少し今のままで行ってもらえたらと思うのですが」
男は一層笑顔を際立たせ、いわば破顔のようになって、
「ありがとう」
とだけ言った。タクシーが走り出すと、山川も比良駅へと歩き始めた。

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