プチ朗読用台本 「ジョンの苦境」について

 ディケンズは14の長編小説と未完の『エドウィン・ドルードの謎』という小説の他、たくさんの中、短編小説を残しています。すぐれた中編小説のひとつ『炉端のこおろぎ』は、ディケンズが33才の頃に書かれました。炉端のこおろぎもこの小説の中で重要な役割を演じますが、この小説の中心人物は、純朴で働き者の運送屋ジョンと愛らしい小柄な女性メアリーの夫婦です。また二人の周りにはジョンのお得意さんで玩具商のタクルトン、そこで働くケイレプ・プラマー、ケイレプの盲目の娘バーサが登場し物語を盛り上げて行きます。人にいじわるばかりするお金持ちの改心、弱者(盲目の少女)への温かなまなざし、人間でないものが重要な役割を果たすなど、同じ中編小説の『クリスマス・キャロル』(1943年出版)と類似したところがあり、中編小説なので読みやすく、しかも『クリスマス・キャロル』と同様に完成度の高い小説です。ただこの小説にはいくつかの問題点があり、そのせいか『クリスマス・キャロル』ほど有名な小説となっていません。その理由として、1.タクルトンとバーサが登場する場面で、タクルトンの発言が心なく辛辣すぎること、2.ヒロインメアリーの愛称が今では不適切な言葉になってしまったこと、3.場面がよく変わり誰がその場にいるのか、誰の発言かわかりにくいところがあり、一読しただけでは内容が理解できないことなどがありますが、心温まる、感動的なディケンズらしい小説であることは間違いありません。

朗読会用台本を読み上げる前に、よりよく理解して楽しんでいただくためにそれまでの物語の流れをごく簡単に紹介させていただきます。

この小説は3つの部分に分かれ、第一章の最初のところで、鉄びん(薬缶)の湯が沸騰してシューシューという音とこおろぎのチャープチャープと鳴く声が争うのがユーモアたっぷりに描かれ、続いて炉端のこおろぎの鳴き声が大好きな、ジョンとメアリーの会話に移っていきます。荷物のことをジョンがメアリーに話しているときにジョンは帰りに馬車に乗せた老人のことを思い出します。老人はメアリーの昔のクラスメイトが変装していて、意図することがありメアリーのところにやってきたのでした。やがて玩具商タクルトンのところで働くケイレプが現れます。ケイレプは盲目の娘バーサに辛い思いをさせないようにするため娘に偽りの情景を描かせて、貧しいながらも楽しく暮らしていました。そこにタクルトンが現れ、ジョンとメアリーが自分から見て似合いの夫婦でないこと、自分が近く結婚することをジョンに告げます。ジョンがタクルトンを見送るために外に出るとメアリーの叫び声がします。メアリーは幼馴染のエドワードが老人に変装しているのを知り、思わず声を上げたのでした。老人はジョンに寝台を拝借したいと希望し、ジョンはそれを了承します。老人が、「結婚するとは!しかもぼくとではなく!」と繰り返すところでこの第一章は終わります。
第2章の最初の場面はケイレプが自分の家で娘のバーサと仕事をしているところです。バーサは明るい盲目の少女ですが、それはケイレプが自分の家を立派な家のように空想させるなどの偽りを話して娘に辛い思いをさせないようにしていたからでした。そこにタクルトンが現れますが、タクルトンはバーサを酷い言葉で怒鳴りつけ、ケイレプの思いやりを価値のないものにして、バーサを意気消沈させます。タクルトンはバーサに、自分がメアリーの友人のメイ・フィールディングと結婚することを告げます。場面が変わって、ジョン・ピアリビングルの家、若い女中のティリ・スロボーイの手を借りて、赤ん坊の支度を済ませた夫妻は、ピクニックに出かけます。最初にケイレプと娘が到着し、次にメアリーの友人のメイ・フィールディングとその母親がそこに合流しましたが、やがてタクルトンもやってきます。ピクニックでみんなと一緒になってもバーサの心は晴れません。ケイレプも娘の投げかける言葉に戸惑い、胸が張り裂ける思いになった時に救いの手を差し伸べたのは、メアリーでした。

それでは、「ジョンの苦境」をごゆっくりお楽しみください。

プチ朗読用台本「ジョンの苦境」(『炉端のこおろぎ』 後半部分より)





 戻 る