プチ朗読用台本「エスタの幸福」について

 ディケンズは14の長編小説と未完の『エドウィン・ドルードの謎』という小説の他たくさんの中、短篇小説を残していますが、41才の頃の書かれた長編小説『荒涼館』は当時の裁判制度の能率の悪さなどを批判した小説として知られています。ただこの小説はそれだけでなく、ヒロイン エスタ・サマソンが一人称で語る部分が半分を占め、そこでは概ね明るく爽やかな物語が展開して行きます。裁判のことがわからなければ理解できない、一人称で書かれた部分と三人称で書かれた部分があり視点を変えなければならないと考えると難解な小説と思われますが、たくさんの楽しいエピソードが挿入されており、最後はハッピーエンドで終わるので読後感のよい小説と言えると思います。また、ジャーンディス、ジェリビー夫人、バケット警部、ウッドコートなど存在感のある興味深い人物が多数登場し、この小説を充実した内容のものにしています。

 朗読会用台本を読み上げる前に、よりよく理解して楽しんでいただくためにそれまでの物語の流れをごく簡単に紹介させていただきます。

 この小説は一つのこじれた裁判そのものやその周辺で起きる事件が中心にあると言えますが、心やさしいヒロインエスタの恋の行方も興味が尽きないところです。今回の台本はそのヒロインとジャーンディスとの恋愛を中心にとり上げました。1章でエスタがジャーンディスの申し出を受け入れ、2章でジャーンディスがエスタとの距離に気づき、3章でエスタを心から愛するジャーンディスがエスタの幸せのために奔走するといった内容になっています。
 1章と2章の間に母親の死があったためエスタに心境の変化があったのかもしれませんが、3章のはじめのところでエスタはジャーンディスとの結婚の準備をしており、結局のところは希有のお人好しのジャーンディスがエスタの幸福のために自分の古い夢を諦めたと考えるのがよいと思います。
 それでは、「エスタの幸福」をごゆっくりお楽しみください。

プチ朗読用台本「エスタの幸福」(『荒涼館』第44章、第60章、第64章から)