プチ小説「夏の終わりに」

石井と祥子は再会後、幸せな日々を送っていた。20年ぶりに再会した時に祥子に戸惑いはあったが、
やがて昔の感覚を取り戻し熱い心を通わせるようになった。石井が畜産の仕事をしており、それを手伝う
のは都会暮らしをして来た祥子には時には辛いこともあったが、石井の暖かい言葉に励まされ少しずつ
仕事に慣れて行った。北海道の生活に慣れた、夏が終わる頃のある日、長年一緒に仕事をしていた友人が
祥子を訪ねて来た。その友人は祥子たちに言った。
「愛する人のためとはいえ、こんな田舎暮らしをしているとは思わなかったわ。あなた、こんな暮らしを
 していて幸せなの」
祥子は友人のあけすけな質問に少し自分を失いかけたが、やがていつものように落ち着いた口調で話し始めた。
「もし全ての人の人生が同じ条件で決まっていたら、合理化して一番の幸せが何かを見つけ、みんなが
 幸せになれるかもしれないわね。でも、私、与えられた条件というのは人それぞれで、同じものってないと思うの。
 だから自分の道は自分で切り開かないと駄目なわけ。私は与えられた条件の中で精一杯やっているつもりよ。
 私たちは手を伸ばさなくても、テレビのスイッチをひねるだけでたくさんの情報に接することができるわ。
 でもあなたはそれをそのまま自分で受け入れている?」
「そんなことないわよ。だって、その番組を作った人の意図が入っているので、いつも取捨選択はしているわ。
 そんなの当たり前じゃない」
「じゃあ、そのテレビそのものがなかったら、あなたはどうする」
「そんな生活なんて考えられない」
「幸いにも、家にもテレビはあるのだけれど、疲れ果ててのんびりテレビを見ている暇がなかった。石井さんのために
 少しでも早く仕事を覚えようと思った。もちろん石井さんのことが好きだったからそうしたんだけれど、普通の人より
 長い時間、夫としての彼と接していたと思うわ。だって、仕事も一緒にしていたんだから。あなたは情報というものに
 人の体温のような暖かいものを感じるかしら」
「ないと思うわ。でも、情報の中にそのようなものを求めるのは間違っているんじゃないかしら」
「コンピュータ社会になって機械に支配されると言われて久しいけど、今ではそのような言い回しは過去のものに
 なってしまったけど、じっくり考えてみると今は実際にそうなっているんじゃないかしら。なぜなら、今の多くの人たちは
 機械なしでは生きられないから」
「あなた、考えすぎよ。そんなことをいうなら、石井さんと穴蔵で暮らすべきよ。現代人じゃないわ」
そばでにこにこしながら聞いていた、石井は祥子の友人に言った。
「あなたがしばしば見られる紙くずのような情報を消去する時間を本を読む時間などの振り替えれば、少しは私たちの言わん
 とすることがわかるかもしれない。それまではお互いの議論は平行線を辿るだけなので、残りの時間はもっと楽しめる
 話題を話すことにしましょう。遠路はるばるご苦労様でした」
「そうね、そうしましょう」

※ この小説は、短編小説「盛夏に」の続編です。