『リトル・ドリット』((小池滋訳)について その3                       

私は、ディケンズの長編小説『リトル・ドリット』について今までに2回ホームページに感想文を掲載している(その1 その2)が、今までは、ヒロインのエイミー・ドリットとヒーロー(彼の場合は主人公と言った方がいいのかもしれない)アーサー・クレナムの恋の行方を追うことを一番に、興味深い登場人物(フローラ・フィンチング、ジェネラル夫人、パンクス氏、ジョン・チヴァリーなど)の紹介を2番目として来た。
この小説にはより興味深いところが、他にもいくつかある。クレナム夫人の秘密、それからマードル家とドリット家はマードル夫人の連れ子エドマンド・スパークラーとマーシャルシー監獄の父と呼ばれるウィリアム・ドリットの長女ファニーが結婚することによって親しくなるが、スパークラーの友人、ヘンリー・ガウワン(彼の母親とマードル夫人が親しい)とファーディナンド・バーナクル(タイト・バーナクル(迂遠省デシマス閣下)の息子)とどのような関係があるのかは今一つわからなかったので、取り上げることが出来なかった。またアーサー・クレナムの父の叔父がギルバート・クレナムで、ギルバートは、アーサーがクレナム夫人ではなく若い娘と夫との間に生まれた子供で、クレナム夫人に苦しめられて亡くなった若い娘とその娘の世話をしたフレデリック・ドリット(エイミーの叔父、ウィリアム・ドリットの弟))のために2千ギニーを残したが、その依頼をギルバートから受けたクレナム夫人が、実行せずに隠蔽したこともよく理解できていなかった。ただクレナム夫人がアーサーの出生の秘密を隠していること、クレナム夫人が本来なら支給される贈与を隠蔽していてそのためアーサーやエイミーに財産が贈与されていないことが漠然とわかっただけだった。それでも物語の流れを把握するために特に支障はなく、今までもこの興味深い小説を最後まで楽しく読むことが出来た。アーサーとエイミーの結婚というハッピーエンドで終わるので、前半のほとんどが債務者監獄が舞台となるが、『骨董屋』『二都物語』のような重苦しさはまったくない。
この小説でよく取り上げられるのに余り理解できていなかったところは、他にもある。それは闇雲にマードルの会社に投資することにより、多くの人が破産に追い込まれる、それにより、主人公アーサーはマーシャルシー債務者監獄に入所し、ドリット一家の財産も泡沫と化すところと、アーサーと共同経営をすることになったダニエル・ドイスが発明の特許を迂遠省に申請するがいつまで経っても手続きが進まないというところであるが、どちらもアーサーにいばらの道を歩ませる原因となる。母親の元でいつまでもクレナム商会の事務員として働いていることに限界を感じ見切りをつけてアーサーは、迂遠省で再会したミーグルズ氏の紹介で知り合ったダニエル・ドイスと会社を共同経営することになるが、そこで度重なる迂遠省からの拒絶、会社のことを思ってパンクス氏の助言によって投資したところ破産するという災難が彼を絶望の淵にまで追い込む。そんな主人公の窮地に2つの温かい手が差し伸べられる。エイミーの献身的な介護も彼の心身の回復に大きな貢献をしたが、ミーグルズが外国にいるドイスを探し出し、ドイスからクレナムに、クレナムに対する信用は失っていない。これからも一緒に頑張ろうと言わせたのもアーサーの回復に大いに役立ったと考える。この小説でミーグルズ氏は、最愛の娘ペットをヘンリー・ガウワンに奪われたくない(ミーグルズ氏はガウワンが将来性のない画家と考えている)ため、アーサーの助けを得ようと自宅に招いたりするが、アーサーの引っ込み思案の性格(自分をノーボデイと思っている)が災いして横柄なガウワンに押し切られてしまう。それでもこの時にアーサーが誠実であるということがわかったために、ミーグルズはアーサーを信頼し、彼とドイスとの親交を深めるために役立とうと思って、また後にはふたりの信頼関係が回復できるようにと思って骨を折ったのではないかと思う。
この他、フローラ・フィンチングとF(フィンチング(早世した前夫))さんの伯母さまとの関係、アーサーに対して攻撃的なウィリアム・ドリットの長男(エドワード(通称ティップ)エイミーの兄)とアーサーとの関係、ジェレマイアに双子の弟エフレイムがいてリゴーの悪事に係わったこと、ウェイド嬢はリゴーと付き合いがあり、クレナム夫人がジェレマイアに処分するようにと言った書類を保管していること(ジェレマイア→エフレイム→リゴー→ウェイド嬢)などのことは今回じっくり読んでみて理解できた。きっと何年か後に再読する時にはまた新しい発見をすることだろう。
この小説を再読するにあたり、BBCのドラマ「リトル・ドリット」も一緒に見たが、しばしば画面に登場した懐中時計に挟みこまれたメッセージ DO NOT FORGET の意味もようやくわかった。クレナム夫人にとっては、婚姻関係があるのに他の女性との間に関係が出来たこと(アーサーが生まれたこと)に対する夫への恨みがあった。またクレナムの父にとっては、叔父ギルバートが残した遺言補足書を秘匿してアーサーに開示しないことに対する妻への憤りがあった。このメッセージはその二重の意味を持つのであるが、クレナム夫人にとってはどちらのことも知られたくないことである。しかし前者は夫に対しての攻撃材料となるため夫が亡くなるまでしばしば、「あなたは他の女性と関係を持った。このことを忘れるな。責任を取れ」と言って夫を咎めたことだろう。
何より私がこの小説を愛読する理由は幾人かの登場人物に好感が持てるからであり、これらの人物の言動が私に力を与えてくれて、その小説を読んでいる1か月余りの期間ずっと生活に潤いを与えてくれるからである。生活が無味乾燥になり、今回新たに好感を持つようになったミーグルズ氏、ダニエル・ドイスをはじめ、エイミー、アーサー、フローラにまた会いたくなったら、集英社版世界文学全集第33巻と第34巻(ハードカバー 今回はこちらで読んだ)またはちくま文庫全4巻を手に取ることだろう。生涯の友人との再会を喜んで。