プチ小説「たこちゃんの多忙」

ビジー オキュパード ベシェフティヒト というのは多忙であることだけど、ぼくは昨年10月頃から多忙な日々を過ごしてきた。昨年10月に父親が体調を崩し12月に手術を受けたが、不安定な状態が続いたり化学療法を受けて導入がうまく行かなかったりで、両親の近くに住む必要が出てきた。それで今年の3月に14年間住んだ公団住宅(正しくはUR賃貸だが)を出て、一戸建ての家をローンで購入した。この中古住宅での出来事は小説のネタになるようなことがたくさんあるのだけれど、今は書かない。安い価格で家を購入し両親の家の隣に移ってきたことだけを記しておこう。家を購入したのは初めてだが、住宅販売会社の担当者の方がよくしてくれて必要最小限の手続きで済んだ。移ってすぐはうまく行かなかったけど、今では父親の病状も安定し生活も落ち着いている。昨年から今年にかけての年末年始は毎年恒例のクラリネットの発表会の練習に明け暮れたが、若くてきれいな先生と一緒に花のワルツと愛の挨拶を演奏ができたので満足している。2月にローンを組んだ際に公団住宅の家賃と比較して毎日の支払いが4万円弱安くなることがわかり、それまでやりたかった『こんにちは、ディケンズ先生』の続編の出版を考えたんだ。前回の出版でお世話になった女性は退社されていてどうなることかと思っていたが、後任の女性が一所懸命にやってくれて、充実した内容の『こんにちは、ディケンズ先生2』が9月28日に出版できた。前回同様、自費出版で苦労しているが、それなりの成果(まあ、売れないだろうから、大学図書館と公立図書館を合わせて、200くらい(『こんにちは、ディケンズ先生』は現在301)受け入れ)があればいいと思っている。今月半ばから、来年2月7日に京都コンサートホール(小ホール)で開催される発表会の練習を始めている。今年はぼくが希望した「アンダンテ・カンタービレ」(チャイコフスキー弦楽4重奏曲第1番第2楽章)のクラリネット4重奏版を6人で演奏することになっている。そうだ忘れてはならないことがひとつあった。一昨日(11月21日)で閉店した風光書房のことだが、ためになる本を紹介してもらっただけでなく、たくさんの興味深い話をしてくださった店主には感謝している。10月31日に風光書房の閉店セールに行き、またお会いしましょうと言って別れたけれど、これからも楽しい話を聞くことができるのだろうか。年が明けたら、父親の治療方針について病院の先生に相談しなければならないのだけれど、年末までは『こんにちは、ディケンズ先生2』を持ってあちこちの公立図書館に出かけて受け入れを頼んだり、12月27日に名曲喫茶ヴィオロンで開催されるLPレコードコンサートの準備をしたり、2月の発表会の準備で忙しいことだろう。多忙の煽りを食って出勤前に喫茶店での読書ができなくなってしまったが、スキンヘッドのタクシー運転手は今でも仕事をしていて、客待ちをしている間はいねむりをしているのだろうか。おー、いたいた。「こんにちは」「オウ ブエノスディアス ヤノテンゴニエルアニモパラアブラール」「どうしたんですか、お客さんが少ないからですか」「そやないでー。あんたのせいや」「えーーーっ、突然、何を言うんですか」「あんた、3月からこっち一度も姿を現さなんだやろ。喫茶店のおばちゃんもさみしいさみしいちゅーて泣いとったぞ」「まさか」「そら毎月380円かける25日のコーヒー代が入らんようになったんやから、おばちゃんの気持もわかってあげんといかん」「それならわかるような気がします」「ところであんた今まで何しとったん」「両親の体調が悪かったり、転居で毎日の生活パターン(タイムテーブルというのかな)が変わってしまったので、こちらに来るのが遠のいてしまいました。でも何より大きいのは、仕事の内容は変わらないのですが所属が変わって出勤が30分早くなってしまったので、20分の読書のためにわざわざ来る気にならなくなったということです」「そんなー、それはあんまりやないか。君はそうやってあっさりと人との関係を断ち切ってきたのとちゃうか」「でも亜理亜恵はヘビースモーカーの方が多数来店され、禁煙席もありませんし」「そうか、今の時代は禁煙席のない喫茶店というのははやらんか。ところで船場はん、あんたまた本出したんか」「な、なぜ、それを知っているんですか」「わしもいろんなネットワークを持っていてな、それに引っかかっただけや。地獄耳の鼻田ちゅーのは、このあたりでは有名なんやで。それからあんた、幽霊さんとは仲ようやっとるんかいな」「えーーーーーっ、ど、どうしてそれを」「まあ、あんたが知らんうちに、時代は進んでるんや。わしもスマホ、買うたんやから、あんたも携帯電話くらい買わんとな。あんたのホムペ見とったら、幽霊さんや本の話書いとったわ」「そうですか、鼻田さんもインターネットの環境があるんだ。大きな出費ですが、ぼくも携帯電話のこと考えさせていただきます」「まあ、それよりわしはあんたにリヤカーごっことうさぎ跳びを指導せんとな。あんたに基礎体力を付けさせるのがわしの使命なんやから」そう言って、鼻田さんがうさぎ跳びで自分のタクシーの周りをぐるぐる回り出したので、後に続いたのだった。